【退職理由】東大卒の総合職が7年務めた一部上場企業を退職。社会不適合者の選択。

こんにちは、ほしみみです。

私は2018年11月2日を最終出社日、12月15日付で7年間勤めた会社を退職しました。

正直、最後にいた需要予測部門の仕事はめちゃくちゃ好きでした。

年収も600万円前後と、決して悪くはありませんでした。

じゃあなんで退職したの?ってなりますよね。

今日はその「退職」に至った経緯をお伝えします。

ほしみみ
今日の記事は、めちゃくちゃ恥ずかしい私の黒歴史です。。

それなりに幸せだった会社員1~2年目

私の会社員生活1~2年目は、それなりに幸せでした。

1年目の部署は売り場整備の部門で、新入社員が全員配属される部門でした。

2年目からが本配属といった流れで、私は管理会計の部門へ異動になりました。

2年目の部署では、私は数字の仕事が人より得意だったのか、自分でも比較的満足のいく仕事ができていました。

上司からの評価もとても良く、上司に「ここまでいい評価を付けた部下は初めてだよ」と言われたくらいでした。

しかし、その管理会計の部門は諸事情から当時は社内で蔑まれることが多かったのです。

加えて私自身もマーケティングの部門へ一度行ってみたかったので異動の希望を伝えてみたところ、希望通り異動させてもらえることになりました。

ほしみみ
この異動希望が人生最大の間違いだったんじゃないかな・・・

迷走して迷惑かけて、うつ病になって更に迷惑をかけた3~4年目

そうして3年目には商品マーケティング部門へ異動になりました。

しかし、行った先の商品マーケティング部門で私は驚くほど仕事ができませんでした。

一番つまづいたことは「どうしても上司の言っていることがわからない」こと。

周りに「こういう意味か」と聞いてみましたが、それでも私は理解が出来ず、1人で迷走していきました。

当時の私は無知がゆえに、上司が言っていることが理解できなかったのでしょう。

加えて私は頑固で生意気で、さらに「どこにこだわって仕事をするべきなのか」をつかめておらず時間ばかりかかり、上司としてはとても扱いづらかったのでしょう。

そのうち上司は私のことを見放し、最終的に私の話を聞いてくれなくなりました。

ほしみみ
ほんとうはもっとドロドロした話があるのですが、今日はここで止めておきます。

そうして強制送還的に4つ目の部署(別の商品マーケティング部門)に異動になったものの、私は当時のいざこざなどに疲れ切り、うつ病を発症しました。

その結果、会社は休みがちになりました。

休みがちになって、会社に行っても仕事が手につかづ、それで余計に周りに申し訳なくなり、人と顔を合わせたくなくなり・・・

どんどん悪循環に陥っていきました。

ストレスから、視界が明瞭でなくなったり、耳が聞こえなくなったり、突然頭が真っ白になったりという状態が続きました。

そんなとき人事から声がかかりました。

「異動してみるか?どこか行きたい部署ある?」

私はそんな人事からの助け舟に対し「もう辛いんです。異動とかじゃなくて会社に来たくないんです。行きたい部署なんてないんです。」そんな返事をしてしまったと記憶しています。

しかし、当時の人事さんは優しく「わかった」とだけ言ってくれました。

そして、私は異動になりました。

異動になった部門は、私が希望したわけでもなんでもない商品需要予測部門でした。

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うつ病回復にかかった1年半(入社4年目後半~5年目の終わり)

4つ目の商品マーケティング部門は半年で異動になり、入社4年目の後半からは商品需要予測部門に配属になりました。

ここの部門は他の部門と違い、平均年齢が非常に高い部署でした。

「あら、若い子が。珍しい。」といった感じで、うつ病が治りきらない私をみんなが優しくサポートしてくれました。

教育係の先輩は驚くほどやさしく、いつも手取り足取り仕事を教えてくれました。

上司も一見冷たく見える女性でしたが、ときどき「大丈夫?疲れてない?どこがわからない?」と声をかけてくれるとても心優しい方でした。

でも私はしばらくうつ病が治りきらず、頭は朦朧。ミスも多発。

うつ病の薬の効果で会議中はどうしても眠くなり居眠りをしがち。

廊下を歩いていて、前の部署の人とすれ違うだけで動悸が止まらずそこから30分は仕事が手につかなくなる。

それでも、周りは私をサポートし続けてくれました。

仕事だけではなく、プライベートな悩みも先輩方は優しく聞いてくれました。

そして商品需要予測部門に来て約半年で、私のうつ病は快方に向かい、薬の服用もやめることができました。

いつの間にか、私はたまに笑うことができるようになっていました。

そして入社5年目。

商品需要予測の仕事に私はどんどんのめりこみ、仕事が大好きになりました。

当時は部署に人が足りず、部署が全員月60時間超えの残業をしていました。

もちろん私も月60時間越えの残業をしていたのですが、それでも仕事が大好きで、常に仕事のことを考えていました。

ほしみみ
当時の私には、仕事が忙しいのは「一人で考え事をしてしまう時間」を減らすことにつながり、それもうつ病を快方へ向かわせてくれていました。

2年目の管理会計部門でも数字の仕事が得意だったように、商品需要予測部門でも私は比較的仕事ができました。

そんなかんじで私のうつ病は快方へ向かっていきましたが、それでも前部署の人と社内ですれ違うと動悸が起き、仕事が手につかない期間が続きました。


異動を拒否した入社6年目。この時の選択に後悔はない。

そうしてやっと好きな仕事が見つかったにもかかわらず、入社6年目の春に私は他の部門への異動を告げられました。

ありがたいお話で、他の部署の上司が私を気になって引き抜こうとしてくれたというのです。

しかしこの時私は「もう異動つかれた」「やっとできる仕事が見つかったのに」「やっと好きな仕事ができたのに」「同期はあまり異動せず、専門性を身に着けて行っているのに私は何の仕事ができるんだろう」「また環境が変わって私の心は大丈夫なのか」そんな考えが頭をぐるぐるしました。

そして、大変申し訳ないことに、会社員としてあるまじき行為である「異動拒否」をしました。

このおかげで、私は引き続き商品需要予測部門にいることができました。

しかし、もちろん5年目分の評定にこの行為は響きました。

同期はほぼ全員昇進している中、私は昇進できずにいました。

それでも私はこの商品需要予測部門の仕事が大好きで、入社6年目の1年間しっかり働きました。

ほしみみ
ここまでで皆さんお分かりのように、私は自他ともに認める社会不適合者です。

「会社員とは」を改めて感じた入社7年目

そして入社7年目。2018年4月に私は趣味でこのブログを始めました。

私はこのブログの執筆にのめりこんでいきました。

もちろん会社の仕事も楽しかったので、両方頑張りました。

商品需要予測部門に来て2年以上が経ち、仕事もかなり回せるようになっていました。

やっと「私にはこれができる!」と胸を張って言える仕事ができたのです。

担当部門4つのうち、2つの部門長からこっそり「君がもっとも需要予測部門担当の中でやりやすかったよ!」と言ってもらえるくらいには仕事ができました。

しかし、6年目分の評定が出ましたが、前年と同じく「過去の異動拒否」が響いてあまりいい評定ではありませんでした。

自業自得です。

それでも同期に2年くらい遅れましたがこの年の秋に昇進試験を受けさせていただけることになりました。

そんな時、社内で大きめの組織変更がありました。

私の異動はなかったのですが、かなり多くの人が異動になりました。

それを見て私は「結局これが会社員なのか。。。」とどっと疲れを感じました。

ほしみみ
結局会社員は雇われている身であって、自分の人生は選べないんですよね。

自分が次いつ異動になるかと思うと、どっと疲れが来ました。

ほぼ同時期に昇進試験の出題内容についても先輩方から聞き「その内容に脳みそを割きたくないあ。。。」とも感じてしまいました。

うつ病時代の私を知っている人と廊下等で会うのは治癒後1年以上たった今でも恥ずかしく、彼らに会うことを避けたかったというのも正直あります。

そんなこんなで結婚を前提に同棲していた彼に「会社疲れたなー。やめちゃおっかな。」と軽くグチをこぼしたところ、「いいじゃん辞めちゃえよ!人生どうにかなるよ!ブログ一生懸命書いてみたら?」

この彼の言葉に背中を押され、お世話になった大好きだった商品需要予測部門の方々とお別れする決意をしました。

この決断をした時の私のブログ収入は、たったの月収600円でした。

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会社員に自分の人生は選べない

わがままを言って丸3年商品需要予測部門にいさせていただいた結果、私の心は十分に元気になったし、自分に自信もつきました。

上司も、二人になったときに私のことをいつもほめてくれていました。

「君は確かに問題はあるけど、4を5にする人ではなく、1を10にできる可能性がある人だよ。できる人と問題児は、紙一重なんだよ。」と。

退職時に「いつでも戻ってきていいんだからね!」と言ってくれる人も多くいました。

本当に、感謝しています。

でも、会社員を続けている以上、会社員は雇われている身であって、自分の人生は選べないんですよね。

自分が異動することもあれば、突然上司が変わることもあります。

会社の状況が悪くなればもちろんリストラもあります。

私が「この先10年は商品需要予測部門にいたい!」なんて思っても、会社員をしている以上言うべきではないのです。

ほしみみ
こんな初歩的なこと、頭ではわかっていたけど、私は実感を得るまでにまぁ時間がかかってしまいました。

そこで、私は自分で自分の好きなことをする人生を選ぶことにしたのです。

社会不適合者なりの選択です。

会社員としてではなく、個人でブログを書いたりサイトを作ってみたい!

当面収入はどっと下がります。

それでも、会社員時代に十分に貯金は作ったし、婚約もしたし、このブログも月5万円くらいは入るようになったし、人生どうにかなるんじゃないかな?

そういう思いから退職をしました。

ほしみみ
お金が無くなったらまた人生考え直しまーす。

というより、彼氏と婚約したし、最悪専業主婦になっても。。。?ニヤリ


これからはすべて自分の責任

これからは良いことも悪いことも、すべて自分の責任です。

会社は守ってくれません。

お昼ご飯を一緒に食べてくれる同僚も、愚痴を聞いてくれる同僚もいません。

同じブロガーの友人を作るにしても、自分で選んで付き合いをしていくことになります。

収入が上がるか下がるかも、自分の仕事次第。

やりがいはあるけど、責任も大きい。

でも、自分で選んだ人生です。

一度きりの人生です。

思いっきり楽しんじゃお!!

多少貧乏でもいいじゃない。笑

というわけで、退職!!前職の方々、本当にありがとうございました。

新しい人生頑張ります💛

 

ほしみみ

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